【エッセイ】美肌は忍者に守られる(3370字)

2023/08/04

エッセイ・感想

t f B! P L



 去年の夏、スマホで楽天市場を眺めていたら、とある奇妙な商品が目に留まった。

 パーカーのフードにツバとフェイスカバーが着いており、これ1枚で顔と首元と腕、つまり上半身全ての紫外線対策が可能になるという代物である。

 この商品を着たモデルの画像は、それは怪しさ全開であった。目元以外の上半身が全て覆われている。「まるで忍者」と言えば伝わるだろうか。とにかくもう、どう見ても不審者である。

「紫外線対策には良さそうだけど、さすがにこれはないわー」

 私は一笑に付し商品ページを閉じた。そしてすぐに、その怪しいパーカーの存在を忘れた。

 やがて秋になり、冬になり、年が明ける。

 そろそろ春になろうかというある日、私は夫が持ち帰ってきてくれたワークマンの春夏物のカタログを眺めていた。

 特に何か欲しかったわけでもなく、ただなんとなく眺めていただけだったのだが、レディース商品のとあるページをめくった時、私は「えっ」と驚いた。

 去年の夏、楽天で見たあの怪しいパーカーにそっくりな商品が掲載されていたのである。

 ワークマンと言えば、低価格で高機能・高性能の商品を提供していることで有名だ。
 私もワークマンの商品をいくつか所持しているが、どれも安いのに機能性が高く「買って良かった」と思ったものばかりである。

 私はこの「不審者パーカー(と私は名付けた)」に興味をそそられた。ワークマンで発売されるということは、けっこう良いアイテムなのでは?

 しかしやはりその「誰でも忍者になってしまう見た目」に気圧され、すぐに「買おう」という気持ちにはならなかった。





 そして今年の夏。
 私は「不審者パーカーがあったらいいのに」という場面にしばしば遭遇した。

 ちょっと庭で作業したい時、ちょっとゴミ出しに行きたい時、ちょっと散歩したい時、ちょっとドライブスルーに行きたい時……。

 「ちょっと外に出たいけど、紫外線対策をするのは面倒」という場面が、思った以上に日常の中に存在したのである。

 そんな時、私は紫外線を気にしつつも、対策を一切せずに日光のもと肌をさらした。例年の私だったら何かしらの対策を施していただろうが、今年はそれが面倒でサボっていたのである。

 私は自慢じゃないが、体のどこにもシミが無い。ついでに言えば、もうン歳なのにシワも無い。17歳の頃から一生懸命、紫外線対策に励んできたおかげだと思っている(※肌の老化の原因の7割は「紫外線を浴びること」だと言われている)。

 そんな私が「ちょっと外に出たい時」に、面倒とは言え紫外線対策を怠って良いのか。
 せっかくこの歳まで守って来た美肌を、むざむざと日光にさらして良いのか。

 日差しの強いある日、私は考えた。こんな時に不審者パーカーがあれば、さっと羽織るだけで上半身全てを紫外線から守ることができるだろう。

 私の住んでいる地域は田舎なので人口が少ない。だから不審者パーカーを着ているような場面で人に会うことも、ほとんどないはずだ。

「よし。買ってみよう。失敗しても、話のタネになるし」

 私はAmazonで不審者パーカーを探し、レビューの評価が高い商品を選んで、購入ボタンをポチっと押した。




 翌日、不審者パーカーが届いた。早速着てみる。




 怪しい。実に怪しい。
 試しにこの格好でサングラスをかけてみたところ、不審者度がMAXになった。これで外を歩いたら通報されそうである。

「着るなら庭先程度にしておいたほうがいいかな?」

 私は不審者パーカーの破壊力に尻込みした。想像以上のヤバさだ。大丈夫かこれ。
 買ったのは失敗だっただろうか。若干不安に思いつつ、不審者パーカーをハンガーにかけて、すぐに着られる状態にしておく。

 そして4日後、私はとうとう「不審者パーカーを着るべき場面」に出くわした。散歩である。
 私は健康のために定期的に散歩しているが、紫外線対策が面倒だと常々感じていた。たかが15分の散歩のために日焼け止めを塗り、長袖のトップスやアームカバーを用意しなければならないのが、それはそれは面倒に思っていた。

 しかし不審者パーカーを着て長ズボンを穿けば、それだけで紫外線対策が完了する。

 とうとう、これを着る時が来たのか?
 私は不審者パーカーを手に取った。先日試着した際、忍者になった自分の姿を思い出す。私は着用するのをためらった。

 でも、ここで着なかったらいつ着るというのか。なんのために、3時間もかけてAmazonや楽天を検索しまくり、このパーカーを見つけ出して購入したというのか。

「1回ぐらいは試すか……」

 私は覚悟を決め、不審者パーカーを羽織ってファスナーを閉めた。不審者の一丁上がりである。

 サングラスもするべきか迷ったが、これ以上不審者レベルを上げたら本気で通報されそうなのでやめておいた。

 まあ、散歩中はいつも、誰にも会わないし。

 私は鏡に映る忍者が自分自身であるという事実に目をそらしつつ、スマホショルダーにスマホをぶら下げて肩にかけた。そうしてなるべく気軽な気持ちで自宅を出発した。





 自宅を出て2分も経たないうちに、犬を連れた男性が向かいから歩いてくるのが見えた。

「えっ、いつも誰にも会わないのによりよって!?」

 ……と私が思うより先に、私に気づいた犬がけたたましく吠え始めた。

 通りすがりの犬に吠えられたことなど、今までの人生で一度もなかった。私はビビりつつ、吠える犬とその飼い主のそばを通り抜けようとする。

「コラッ! やめなさい!」

 私が近づくにつれ、犬の吠え方は激しくなった。慌てて犬を制する飼い主の男性は、近寄ってきた人間が忍者であることを確認して、更に慌てているように見えた。

 私は素知らぬ顔で(と言っても、フェイスカバーに隠れて私の表情は見えなかっただろう)男性と犬をやり過ごした。

 ……犬も吠えたくなるような怪しさなんだなあ……。

 私はなんだかおかしくなった。こんな経験は初めてである。

 散歩歴ン年、散歩中に犬に吠えられたことがない歴ン年の自分を、犬に吠えさせる見た目に一発で変えてしまうパーカー。

 不審者パーカーの破壊力が証明されたことがなんだか嬉しくなり、私は口元をニヤリと歪めた。無論、この口元もフェイスカバーに隠れて外からは見えない。

 犬の次はおじさんとすれ違った。

 今日は人によく会うなあと思いつつ、少し緊張しながらおじさんのそばを通り抜ける。

 おじさんがこちらを警戒するような素振りを見せることは、特になかった。何事もなく、私たちはすれ違った。

 当たり前である。お互い、大人なのである。
 すれ違った人が多少おかしな身なりをしていたところでそれを非難したり、指をさして笑ったりすることなど、そう滅多にないのである。

 もっとも、これが子供だったら笑われる可能性はある。犬なんかはもっと正直だから、遠慮なく吠えてくる。

 しかし、私が散歩する時間帯と場所で子供に会うことはまずない。もし出会ってしまったら「運が悪かった」と諦めよう。
 犬に会うことはたまにあるが、時々吠えられるぐらいならまあ、我慢するか。

 そんなことを考えながら散歩を続ける。散歩中に誰か会うことなど普段はほとんど無いのに、この日は合計5人の人間(大人)とすれ違った。

 誰かとすれ違う度に私は緊張し、緊張した後は何事もなかったことに安心した。そうして「そりゃそうだ、みんな大人だもんね」と納得した。

 なんで今日に限って5人もすれ違ったのかは分からないが、お陰で不審者パーカーに対する抵抗感が減った。この格好を人に見られることに慣れたのである。

「近所のスーパーぐらいならこの格好で行ってもいいかな。あと、洗い替えにもう1枚買っておこうかな」

 帰宅した頃には、私の不審者パーカーに対する評価は一変していた。「これ1枚で上半身の紫外線対策が一瞬で済むなんて、なんて便利な代物だろう」と、不審者パーカーを脱ぎながらこれを褒め称えた。




 以来、私は不審者パーカーを愛用している。
 不審者パーカーのお陰で、紫外線対策が苦にならなくなった。慣れればこんなに便利なものはない。

 もしもあなたが町で「スマホをぶら下げた忍者」を見かけたら、「紫外線対策、頑張ってね」と大人な態度でエールを送って頂けたら幸いに思う。



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