【エッセイ】「一生、縁がない」なんて思い込みだった(ラーメン屋に行った話 1800文字)

2023/05/12

エッセイ・感想

t f B! P L



四国にはTというラーメン屋がある。スタイリッシュな細麺と、濃厚だけれども癖がないスープのとんこつラーメンを提供してくれる。おしゃれなカフェ風の店構えということもあり、老若男女に人気のラーメン屋である。

この10年でいろんなラーメン屋に行ったが、Tが四国でいちばん美味しいラーメン屋だと私は思っている。

ある日、「Tで修行した人が新しいラーメン屋をオープンする」という情報を夫が聞きつけた。

その新しいラーメン屋はMというらしい。

Tで修行した人の作るラーメンならさぞ美味しいことだろうと、私たち夫婦は開店初日にMへ行くことにした。




車でMへ向かい、開店10分前に到着。既にたくさんの客が並んでいた。

ざっと20人ぐらいは並んでいただろうか。私たちは「さすがTで修行した人の店」と感心した。みんな恐らく、T並に美味しいラーメンを期待して並んでいるのだろう。

やがて開店し、並んでいた客が次々と店内に吸い込まれていく。
私たちは店内にギリギリ入ることができず、店外のベンチで待つよう店員に指示された。

この日は4月でまだ気候が安定しておらず、少し冷えた。
体を冷やしながら、店内に案内されるのを辛抱強く待つ。

45分ほど経った頃、ようやく店内に通された。
しかし、今度は店内のベンチで待ってくれとのこと。

「Tと同じぐらい美味しいラーメンを食べるには、このぐらいは待たないといけないのだなあ」

私は美味しいラーメンとの出会いに胸を膨らませつつ、のんびりと順番を待った。





「お待たせしました」

15分後、店員の案内で客席につく。ベンチで待っている間に注文を済ませていたので、ラーメンはすぐに運ばれてきた。

やっと対面できたラーメンを見て、私は「え? 大盛りを頼んだっけ?」と驚いた。

手のひらほどのサイズはありそうな大きくて分厚いチャーシュー、器から溢れんばかりの大量のネギともやし。厚さ7ミリほどの、山盛りのぶっといちぢれ麺。

Tのような、スマートな細麺のラーメンが出てくると予想していた私は面食らった。話が違う。
これは食べるのにガッツが必要そうだ。スープを一口飲んでから、麺を口に運ぶ。

重たい。
真っ先にそう感じた。重たい。胃が重たい。一口しか食べていないのに、麺が胃にもたれる。油が多いのだろう。

私は油に弱い。油の多いものを食べたらすぐに胃がもたれる。摂取した油の種類によっても胃の調子が左右される。

Mの麺の油は私の胃に突き刺さった。これはしんどい。麺の太さも私の胃腸にダメージを与えた。

麺の攻撃力に戸惑った私は、チャーシューに口をつけた。
美味しい。美味しいけど、食べても食べてもなくならない。

いくら食べてもなくならないのは麺も同じで、私は胃を酷使しながら必死でMのラーメンを食べた。

とにかく量と油がすごい。スタイリッシュなTのラーメンとは明らかに方向性が違う。

すぐに私は「苦しい」と感じた。食べるのが苦しい。咀嚼した麺とチャーシューを飲み込むのがつらい。

しかし残すのは憚れる。なんとかして食べないと。
苦しみに耐えつつ食べ続ける。これはいったい、なんの拷問か。

いくら食べても減らない麺。傷めつけられる私の胃。

どうにかチャーシューを食べ切り、麺を半分ほど食べた頃、「残りを食べてあげようか?」と夫が助け舟を出してくれた。

助かった。

私は夫の申し出に感謝した。とてもじゃないが一人では完食できなかっただろう。

私は夫に声をかけられてから10秒も経たないうちに「頼んだ」と、丼を夫に差し出した。

既に自分の分を食べ終えていた夫は、私と同じく苦しそうだった。それでも、夫は私の分も完食してくれた。




勘定を済ませ、私たちはほうほうの体で車内に戻った。そして「Mのラーメンは二郎系だった」と私は夫に告げられた。

これが噂の二郎系か。こんなところでお目にかかるとは。

私は今まで、二郎系のラーメンを食べたことはなかった。夫に何度か「二郎系に食べに行こう」と誘われたことはあったが、「食べきれないだろうから」とその度に断っていた。

その二郎系を今日、私は食べた。さして大食いでもない一般女性の私がMのラーメンを食べきれなかったのは、当然といえば当然だったのかもしれない。

それにしても、二郎系を食べることになるとは夢にも思っていなかった。「Tで修行した人の作るラーメンだから、Tのようなラーメンが出てくるだろう」という先入観を見事にぶち壊された。

人生は何が起こるかわからないし、先入観はあてにならない。
Mに勉強させてもらった春の日であった。


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