【エッセイ】失敗を恐れすぎる人間に胡蝶蘭を与えたらこうなった(3000文字)

2025/08/16

エッセイ・感想

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 ある日、私は「部屋に緑が欲しい」と考え、観葉植物について調べた。
 調べれば調べるほど世話が難しく感じ、失敗を過度に恐れる性格の私は「植物の世話は無理」と判断。代わりにフェイクグリーン(造花)をAmazonで購入した。造花なら手間もないし、世話に失敗して枯らせることもない。

 失敗を拒否してフェイクグリーンを購入し、それに満足していた私。
 しかしある夏の日、冠婚葬祭の互助会に入会した際、粗品として「胡蝶蘭を2株寄せ植えた鉢」を、なんと2鉢もプレゼントされてしまった。
 困惑しながらも胡蝶蘭について調べると、胡蝶蘭はうまく育てれば10年以上は保つとのこと。
 それを知って「本物の植物と暮らす生活というのも悪くないかな」と思った私は、2鉢のうち1鉢(2株)は義実家に譲り、残る1鉢(2株)は我が家に置いておくことにした。



 その日から、私の「胡蝶蘭奮闘記」が始まる。
 園芸など初めてである。分からないことだらけだ。
 よく分からないまま水を与えた直後、「胡蝶蘭の育て方」の本を読んで水やりの仕方を間違えていたことを知り、慌てて植え込み材の水苔を乾かしたり。
 割れた葉をアロンアルファで接着しようとしたが付け方がよく分からず、夫に泣きついたり。
 白い汚れが葉についているのを見つけて、原因をネットで調べまくって恐る恐る濡れティッシュで拭き取ったり。

 失敗するのが怖くてたまらない私は、何かあるたびにパープレキシティ(検索特化型AI)で何度も検索結果を確認し、「世話のやり方はこれでいいのだろうか? 間違えていないだろうか?」と不安になった。
 植物は生き物だから「こうするのが絶対正しい」という方法はない。なのでいくら調べても絶対的な正解は見つからないのだが、それでも失敗したくない私はパープレキシティで検索しまくり、その度に疲弊していた。

 そして胡蝶蘭が我が家に来てから10日後。胡蝶蘭の花に茶色っぽい小さな汚れがついているのに気がついた。パープレキシティで調べるがなんなのか分からない。

 分からなかったがそのままにしておくのも不安だ。私はティッシュでこれを拭き取ろうとし、その際、花びらを破ってしまった。
 私は胡蝶蘭を傷つけてしまったことに酷く動揺した。動揺しつつ、花を花の根元からハサミで切り取り、傷口をアロンアルファで塞ぐ。正しい処置だったかは分からない。

 この一連の出来事で私はすっかり自信をなくし、「もう無理。胡蝶蘭の世話は私にはできない。この鉢も義実家へ譲ろう」と、勤務中の夫にLINEを何度も送りつけて泣きついた。しかし夫の返信は「生活に刺激があっていいんじゃない?」。私の提案は却下された。

 ネットの掲示板で各種相談を受け付けている精神科医、M先生にも相談してみたが、彼の答えは「続けなさい」。

 2人に「世話を続けろ」と言われた私は自信がない、投げ出したい、失敗したくないと思いつつ、胡蝶蘭の世話や観察を続けた。失敗を恐れ、毎日ビクビクしていた。



 私が花びらを破ってしまった日から5日後。今度は寄せ植えのうちの1つの株の葉が、一晩で一気に3枚も黄色く変色してしまうという事態が発生した。
 午後になってジェミニというAIで画像を読み込ませたら「根腐れの可能性が高い」と指摘され、大いに焦る。
 焦っているうちに3枚のうち1枚は茎から剥がれ落ちてしまった。

 夫に頼んで寄せ植えのビニールポットを化粧鉢からポットごと引き抜いてもらったところ、2つのポットの中身は黒っぽくなっている。
 ああ、根腐れた。私はうなだれた。根腐れしてしまったら、よほど園芸に熟練した者でないと復活させるのは難しいだろう。

 今度こそダメだ。これ以上面倒を見るのは私には無理だ。
 私は夫に「やはり胡蝶蘭は義実家に譲ろう」と頼んだ。夫もこれを受け入れ、義母に電話する。

 が、この電話で、義実家に先に譲った胡蝶蘭を義実家が既に枯らしていたことが判明。そういう状況で新たに胡蝶蘭を譲るというのもおかしな話なので、いま手元にある胡蝶蘭は我が家に置いておくことになった。

「根を乾かそう」

 夫はそう言い、胡蝶蘭の株をビニールポットから取り出した。予備の鉢がなかったため、2株に分けられた胡蝶蘭は元々入っていた化粧鉢と、ジンジャーエールが入っていたモスバーガーの紙コップに入れられることになった。

「あとはこのまま枯れるまで放置しよう」。そう言って夫は、2階の自室へ引きこもった。

 残された私は複雑な気持ちで胡蝶蘭を見つめた。化粧鉢に入れられた胡蝶蘭は、元々2株が入る大きさの鉢に入れられたから、鉢がぶかぶか・スカスカになってしまっている。紙コップに入れられた方の株は、ゴミ捨て場にでも捨てられていそうな佇まいだ。

 枯らしてしまうのは仕方ないかもしれないが、この姿で放置するのはあまりにも哀れではないか……?

 私の心は乱れた。このままでは可哀想、でも私に胡蝶蘭の世話は無理、何か余計なことをして胡蝶蘭の枯死を早めたら嫌だ……。

 動揺しつつも、私はM先生に事の次第を報告しようと考えた。

「……というわけで胡蝶蘭の世話は諦めました。可哀想なことをしました。もう生き物はお迎えしません」

 そう掲示板に書き込んだ時、私の体はワナワナと震えていた。

 胡蝶蘭に話しかける。ごめんね、不甲斐ない持ち主で。

 言い終えると同時に、私は泣いた。

 泣きながら私は自問自答した。「まだ失敗を恐れて何もしないのか?」「本当にこれでいいのか?」「これが私の望んでいる結末なのか?」

 ――嫌だ。こんなの嫌だ。枯らしてしまうにしても、こんなみじめな姿で死なせてしまうなんて、あんまりだ。

 そう思ったその瞬間、私は階段を駆け上がった。夫の部屋のドアを開け、ワナワナと震えながら言い放つ。

「ホームセンターまで鉢を2つ、買いに行こう」

 考えるより先に言葉が出ていた。夫は「そうか!!」と嬉しそうに応じ、私を車でホームセンターまで連れて行ってくれた。

 ホームセンターで鉢と鉢皿、鉢ネット、水苔を買い、帰宅してすぐに胡蝶蘭を新しい鉢に移し替える。紙コップとサイズの合わない化粧鉢に入れられていた時とは打って変わって、胡蝶蘭から哀れさが無くなった。葉が黄色くなければ、花屋から買ってきたばかりの鉢のようにさえ見える。

 私は「胡蝶蘭をみじめな姿から救い出せた」ことに安堵した。
 失敗したっていい。枯死の進行を早めてしまったっていい。胡蝶蘭たちを今この瞬間の、みじめな姿から救い出すことができたのだから。

 私は「失敗を恐れず行動した」自分に対し、自信がついたような感覚を得た。
 同時に「通気性の良い素焼きの鉢に植え替えたのだから、株が復活するかもしれない」という希望も抱いた。



 胡蝶蘭を植え替えた翌日、私は「葉がすべて黄色くなってしまっているのではないか」と恐れながら起床した。
 リビングのドアを開け、こわごわと胡蝶蘭を確認する。胡蝶蘭は昨日と変わらない姿で我が家のリビングテーブルの上に佇んでいた。ホッとした。

 でも、慣れない下手くそな植え替え方をしたから、明日になったら枯れているかもしれない。一方で、株が回復に向かうかもしれない。

 どうなるかは園芸初心者の私には検討もつかない。
 しかしこの先、何があっても今の私なら失敗を恐れず、胡蝶蘭のために何かしてやれるような気がしている。

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