私は車の免許を持っていない。首都圏での生活が長く、車を運転できなくても特に問題がなかったから取得しなかったのである。
だが、三十路を過ぎてから、結婚して地方へ移住した。
この地は車での移動を基本とする文化を持つ地域だった。スーパーへ行くにも病院へ行くにも電気屋に行くにもホームセンターに行くにも車である。目的地が歩いて行ける距離にあってもこの地に住む人々は車を利用する。とにかく車、車である。
そんな車必須の地域なのに、私は現在に至るまで車の免許を取得していない。持病の関係で体力が低く、しょっちゅう寝込むので教習所に通うのは無理と判断してのことである。
幸い、スーパーやドラッグストアなどいくつかの施設は自宅から徒歩や自転車で行ける場所にあった。最低限、主婦として暮らしていくには充分な施設の数である。私は大多数の町民が車でそれらの施設へ訪れるなか、とぼとぼと徒歩で、あるいはフラフラと自転車で通った。
ほそぼそと家事をして暮らし、時々徒歩圏内や自転車圏内のドラストやスーパーやホームセンターに行って買い物をするという生活を十数年、続ける。
しかしそんな「車を運転しない生活」にも限界はあった。病院である。病院は徒歩・自転車圏内にないことが多かった。
私の住む地域は公共交通機関が発達しておらず、ほとんど機能していない。徒歩・自転車圏外の病院へ行くならば、車以外の交通手段がなかった。
持病のかかりつけクリニックへは介護タクシーを利用できたが、他科を受診する際の、介護タクシー利用許可は役場から下りなかった。
なので婦人科だったり整形外科だったり、様々な科を受診するには、車の免許を持つ夫の力がどうしても必要になる。
何か病気をするたび、私は夫の運転する車に乗って、これらの病院やクリニックを受診した。
その都度、夫は仕事を休む。休まなくても、必然的に夫の仕事が休みの日に病院へ連れて行ってもらうことになる。
夫の負担を考えると、心苦しかった。同時に、「1人では病院を受診できない」という自分自身の状況を情けなく思った。結婚前なら、当時住んでいた場所は利便性が高かったから、車の免許がなくても1人で問題なく通院できたのに。
次第に私は「夫の助けがないと1人では通院すらできない自分」に無力感を覚えていった。その無力感は15年の結婚生活の中で積み上げられていき、強固なものとなる。
2026年の4月、私は婦人科で「甲状腺の数値が悪いので内分泌内科を受診するように」と言われた。
内分泌内科は受診したことがない。調べると自宅近くにクリニックがあるようである。徒歩でも行けそうな距離だ。
この距離なら夫に頼らずとも受診できそうだったが、15年の「夫や介護タクシーの送迎付きの通院」に慣れきった私は、1人で受診するのに強い抵抗感を覚えた。通院する時はいつも夫や介護タクシーの運転手がいてくれた。1人では心細いし怖い。
1人で受診する勇気が出なかった私は夫に送迎を頼み、翌週の金曜日に夫の運転する車で内分泌内科を訪れた。血液検査、尿検査、エコー検査をすることになった。
結果は来週の診察時で伝えると医師に言われ、私は後ろに立っている夫のほうを見る。「僕は無理だよ」と夫。来週の金曜はどうしても仕事を休めないから、とのこと。
「1人で行くのが怖いから来週に受診するのはイヤです」とはさすがに言えず、私は翌週の金曜に診察の予約を取った。予約してしまったからには1人で行くしかない。
予約の日まで、私は緊張して過ごした。
15年前までは1人で普通に通院できていたのだから大丈夫だと自分に言い聞かせ、自宅からクリニックまでの徒歩での所要時間を実際に歩いて確認したり、持ち物のチェックリストを作ったりして入念に準備した。
そして迎えた金曜日。9時の予約に間に合うよう、8時半に出発しようと玄関を開けてみたら。
小雨が降っていた。傘をさすかささないか、微妙な量の雨である。
「天気予報では晴れって言っていたのに!?」
内分泌内科に傘立てがあったかどうか確認していない。ほとんどの人が車で通院するから、傘をさして来院する人のことを病院側は想定していないのではないかと私は不安になった。
長傘をさして行って、傘立てがなかったらどうしよう? 傘を持って院内をうろつくなんて邪魔すぎる。
私は慌てて一度履いた靴を脱いで屋内に戻り、折りたたみ傘をバッグに詰め込んだ。遅れた分を取り戻すよう、急いで出発する。
内分泌内科までは徒歩15分の距離。傘の件で少し手間取ったが、充分間に合う時間のはず。
1人で受診しようとしている現実に緊張しながら、遅刻しないよう急いで先を進む。
そうして8時42分。あと少しでクリニックに到着という時。この日持っていこうと準備していた、布マスクを忘れてきたことに気がついた。
「あんなに念入りに荷物を準備したのに!?」
恐らく、傘のどさくさで忘れてきてしまったのだろう。しかしこの時の私に原因の分析をする余裕など一切なかった。
私は考えるより先に体を翻し、もと来た道を走って引き返した。
走りながら、どうすればいいかを考える。自宅まで戻ってマスクを取りに行く? いいや、それでは15分も遅刻してしまうし、私の体力がもたない。
ならばどこかでマスクを買うか? どこで買う。コンビニは……この辺りにはない。近くのショッピングモールは……まだ開いていない。ホームセンター。ホームセンターは、7時から開いている。ホームセンターでマスクを買ったことはないけど、たぶん売っているはずだ。
体力のない私はすぐに走れなくなり、早歩きで左手にあるホームセンターに駆け込む。売り場を見る。トイレットペーパーが目に入った。ならば衛生用品はこの近くにあるだろう……マスクは……あった。
私はなるべくかさばらないような商品を選んでレジに持っていった。バッグが小さく、折りたたみ傘と長財布で中身がパンパンだったからである。
こんな時に限ってレジは混んでおり、手つきが不慣れな店員がレジを担当していた。早くしてくれと願いながら、会計を済ませる。
店外に出てから軒先で買ったばかりの商品を開封し、不織布のマスクを1枚取り出して身につける。
クリニックへ向かって再び走る。やはり体力のない私はすぐに走れなくなった。少しでも早くクリニックへ着くよう、なるべく速く足を交互に出す。
内分泌内科に着いたのは9時5分のことだった。5分の遅刻。
遅刻したことに私は動揺したが、私の他にも9時に予約していた人がいたようで、診察はそちらの順番を優先して行われていた。
良かった。ベンチに座り、額を流れる汗をハンカチで拭って、順番を待つ。
やがて看護師に呼ばれ、診察室に入る。
走った疲れで緊張が吹き飛んでいた私に、医師が検査結果を告げた。
「大きな問題はないですね。時々、かかりつけのクリニックで血液検査してください」
診察は5分もかからなかったと思う。私は安心したような拍子抜けしたような気持ちで診察室を出て、会計を済ませた。15分かけて自宅まで歩き、帰宅する。往復30分という私にしては長い距離を歩いた上、走ったりもしたものだから、すっかりくたびれた。
「……1人でも、マスクを忘れるというハプニングはあったものの、なんてことなく受診できたな」
私はソファにぐったりともたれかかりながら独りごちた。
1人でも受診できた。当たり前である。こちとら、大人なのである。移動と体力の面で多少の問題があるだけで、ン十年も生きてきた大人なのである。
15年の間に培った私の「1人では病院も受診できない」といういじけた意識は「実際に1人で受診できた」という事実をもって、この日、消え去ったように感じた。
1人でも大丈夫。私はいつも以上の負荷がかかって痛くなった足をいたわりながら、反芻した。1人でも大丈夫。私は、持病があって車が運転できないだけで、あとは人並みにやれる。
私は長年失っていた自信を取り戻したような気持ちになり、安堵した。
以後、私は徒歩や自転車圏内でほそぼそと暮らし、時々介護タクシーや夫に連れられて通院するという日々に戻った。
1人で歩いて通院し、マスクを忘れて慌ててホームセンターに駆け込んだ日のことも、もはや遠い記憶である。
それでも、「1人でも通院できた」という事実は、私に自己信頼を与えてくれたと思う。
こういうちょっとした成功体験は、いくらあってもいい。
今日もあの日、忘れてしまったために私を走らせた布マスクを洗濯しながら、これからは少し苦手に思うことでも積極的に挑戦していこうと考えている。
